21.12.21コロナ後遺症「診療の手引き」の改訂案

「新型コロナウイルス感染症(COVID-19 )診療の手引き 別冊罹患後症状のマネジメント」(2021年12月1日発行の暫定版)に対する改訂案
NPO法人筋痛性脳脊髄炎の会

2021年12月1日に「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 別冊罹患後症状のマネジメント」が発行されました。「随時、必要に応じて新たな科学的な知見を取り入れて改訂を継続的に行う予定である」とされていますので、改訂箇所を提案致します。

【改訂を提案する背景】
厚生労働省のCOVID-19罹患後症状の実態調査によると、6ヵ月後に一番多い症状は倦怠感であり、倦怠感に対処することが非常に重要ですが、手引きでは倦怠感にはほとんど触れていません。その倦怠感は神経免疫系の異常が原因であると考えられますが、当編集委員会の中には神経免疫の専門家が一人も入っていません。

ME/CFSは、WHOの国際疾病分類において神経系疾患と分類されている神経免疫系の難病で、激しい倦怠感も主な症状の一つです。ME/CFSの集団発生は歴史的にウイルス疾患の流行後に起きており、COVID-19がME/CFSの引き金になり患者が多発する可能性があると、2020年春より欧米の多くの専門家は警告してきました。今までの科学的エビデンスを基にすると、COVID-19の全感染者の約1割がME/CFSを発症すると推計され、日本でも20万人近い新たなME/CFS患者が生まれる可能性があります。

当法人は2020年5月に厚生労働大臣宛に、「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と新型コロナウイルス感染症の研究促進を求める要望書」を提出し、同年7月には「ウイルス感染を契機としてME/CFSを発症するとの報告があることについて承知している」との回答をいただきました。

当法人では2020年にコロナ後遺症が続いている方を対象にWEB上でアンケート調査(回答者326名)を実施し、同年10月には日本においてCOVID-19を契機としてME/CFSを発症した方が5名いることを確認しました。2021年にはCOVID-19感染後にME/CFS様の症状が続く方を対象にWEBアンケート調査(回答者141名)を実施し、「仕事や学校に戻ることができない」方が73.8%、「身の回りのことができない」方が32.6%、「寝たきりに近い」方が25.5%という深刻な実態を明らかにしました。

当法人は2021年通常国会に「COVID-19後にME/CFSを発症する可能性を調べる実態調査、並びにCOVID-19とME/CFSに焦点を絞った研究を、神経免疫の専門家を中心に早急に開始する体制を整えること」を求めて国会請願をあげ、衆参両議院で採択されたため、その実施を求めています。

一方、米国国立アレルギー・感染症研究所のファウチ所長が、COVID-19後に長引く症状は筋痛性脳脊髄炎の症状に似ていると発言したことが、2020年7月にCNNニュースで取り上げられ、COVID-19とME/CFSの関連は世界的に認知されるようになりました。英国国立衛生研究所は、COVID-19の後遺症には4つのパターンがあり、その一つがウイルス感染後疲労症候群(ME/CFSを含む)であるとする研究報告を同10月に発表しました。

【主な問題点】

1.診療の手引き編集委員会の中に神経免疫の専門家が一人も入っていない
ME/CFSは、WHOの国際疾病分類において神経系疾患と分類されている神経免疫系の難病です。当法人では、COVID-19のパンデミック初期のころより、厚生労働省に対してCOVID-19とME/CFSの関連に関する情報を提供してきましたが、この診療の手引き作成の編集委員の中には、神経免疫系の専門家が一人も入っていないことは大きな問題です。

本手引きは2021年11月26日現在の情報を基に作成したとしていますが、世界的にCOVID-19とME/CFSの関連がこれだけ取り上げられ、研究されていることを考えたら、きちんと情報収集したとは言えず、その大きな原因は神経免疫の専門家が関与していないためであることは明らかです。

2.COVID-19を契機にME/CFSを発症する可能性が明記されていない
10ページには「CDCの暫定ガイダンスによると、罹患後症状の中には,他のウイルス性疾患罹患後に見られる可能性がある症候群〔ME/CFS, POTSのような自律神経失調症,MCAなど〕の症状と類似性を共有するものがあるかもしれないことが記載されている」と書かれており、ME/CFSを発症する可能性について認識しているのであれば、きちんとME/CFSとはどういう疾患であるかを説明すべきです。2014年の厚生労働省の実態調査により、ME/CFS患者の約3割が寝たきりに近く、ほとんどの患者が職を失うという深刻な実態が明らかになっており、COVID-19を契機にME/CFSを発症する患者がいることを認め、具体的に説明することが求められています。

3.明らかな異常所見がないからといって精神的な問題とすべきではない
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)病院では、脳血流検査や免疫細胞の解析結果を基に、客観的に正確に診断することが可能です。ところが、こうした検査はまだ全国的には実施できず、ME/CFSを発症していても一般的な検査では異常を検知できないのが現状です。ただ、国際ME/CFS学会発行の臨床医のための手引書がNCNPの研究班によって訳出され、無料で公開されていますので、それを参考に診断することが可能です。ですから、明らかな異常所見がないからといって、精神的な問題ではないことを明記すべきです。

4.罹患後症状が続く人の中には回復しない人がいることが明記されていない
「罹患後症状は数カ月以上続く場合もあるが、 基本的に時間とともに軽快する症状と考えられる」、「罹患後症状を抱えていても正常な社会生活に戻られるよう,支援が必要である」と書かれており、あたかも時間がかかることがあっても、全ての人が回復するかのように書かれています。回復しない人がいることや、そうした患者の社会保障の必要性が書かれていないことは大きな問題です。

5.運動によって悪化する患者がいることが詳しく説明されていない
「運動の12 ~ 48 時間後に起きる可能性のある倦怠感を中心とした罹患後症状の一部の増悪に注意喚起がなされている」と書かれていますが、これでは運動後に症状が悪化するだけではなく、寝たきりになってしまう可能性があることまでは説明されておらず、説明が非常に不十分です。

6.WHOの定義では新型コロナへの感染がprobableな症例も含んでいることが書かれていない
WHOの「post COVID-19 condition」の定義には、individuals with a history of probable or confirmed SARS CoV-2 infectionと書かれており、検査によって感染が確定した症例だけではなく、感染の可能性の高い症例も含んでいることが手引きには書かれていません。日本においては、特にパンデミックの初期においてPCR検査が非常に抑制され、検査を受けたくても受けられずに罹患後症状が続いている人が非常に多いことが予想されるため、WHOの定義を正しく紹介すべきです。 

【まとめ】
2014年の厚生労働省のME/CFS患者の実態調査において、約3割が寝たきりに近く、ほとんどの患者が職を失うという深刻な実態が明らかになっています。当手引き暫定版の編集委員会が、COVID-19罹患後にME/CFSを発症する可能性や、その深刻さを明確には認識されていないと考えられます。編集委員に神経免疫の専門家が入っていないことからも明らかです。その結果、情報に偏りがありますので、至急に改訂版の発行を要請します。

※当法人の改訂案の全文はこちらからご覧いただけます。詳細な提案を行っておりますので、是非、ご覧下さい。