21.8.11NHKスペシャルでコロナ後遺症

8月11日のNHKスペシャルで、「新型コロナ“第5波” 最大の危機をどう乗り切るのか」 と題する番組が放送され、コロナ後遺症についても取り上げられました。

感染力が強いデルタ株の蔓延で、連日、最多の感染者数を更新している新型ウィルスの第5波。重症化しづらいとされてきた若い世代でも重症患者が急増し、症状の進行も早くなっています。医療現場が直面する命の危機を乗り越えるために、今私たちは何をすべきか、海外の最新の情報も交えながら考えます。

イギリス・スコットランドで最近行われた大規模な調査によって、デルタ株が症状を悪化させる実態が明らかになってきました。およそ2万人の感染者を対象に調べた結果、デルタ株で症状が悪くなり入院が必要になる人の割合は、感染力が強いと言われたアルファ株の1.85倍にのぼっていました。

デルタ株が威力を増している理由の一端が見えてきました。東京大学医科学研究所の佐藤佳准教授らの研究グループは、デルタ株が私たちの体の「免疫の働き」に与える影響に注目しました。デルタ株では、感染した際に細胞が出す目印が変化して、免疫細胞が見つけにくくなることが分かりました。デルタ株は免疫細胞の攻撃を回避し、体内で増殖していくと考えられます。また、デルタ株に感染した細胞は、周囲の細胞によりくっつきやすくなり、多くの細胞にダメージを与えるとみられ、デルタ株で症状が重くなる原因の一つと考えられます。

京都大学の西浦博教授は、5月からデルタ株による感染爆発に警鐘をならしてきました。西浦教授は1人が何人に感染を広げるかを示す「実効再生産数」を用いてシミュレーションを行っています。実効再生産数が30%減少した場合、重症患者の増加は鈍化するものの、9月には確保病床数のラインを超えてしまいます。実効再生産数が50%減少した場合、重症患者数はゆるやかに減少し、病床のひっ迫を避けられるという結果となりました。「新規感染者数を一気に減らすために、人と人との接触を劇的に減らすことが必要だと思っています」。

聖マリアンナ医科大学病院では、新型コロナ後遺症外来を開設し半年あまりで診察した患者は170人を超え、患者のほとんどが20代から50代の働き盛りの世代です。症状は、けん怠感や嗅覚の異常、手足のしびれなど多岐にわたり、患者の多くが、複数の症状を抱えています。「70名近くは、業務(仕事)の内容を変更する必要があったり、なかには休業や退職する方もいます」と土田智也医師は語ります。20代の女性は、看護師として働いてきましたが、長く立っていられないほど症状が悪化し、休職せざるを得なくなりました。

今年1月に感染した30代の男性は、労務管理など専門的な仕事をしてきましたが、仕事のデータが理解できなくなったり、忘れてしまったりすることが度々起こり、物忘れの後遺症に苦しんでいます。仕事でのミスが増え症状も改善しないことから、今年5月に退職せざるを得なくなりました。こうした症状は、「ブレインフォグ(脳の霧)」と呼ばれ、世界中で研究が進んでいます。アメリカで後遺症を抱える150人を調べたところ、「ブレインフォグ」の人が8割以上。その治療法はまだ確立されていません。

ノースウェスタン大学のイゴール・コラルニク教授は、「神経系にこれほど症状を引き起こすウイルスに出会ったことはありません。今後、後遺症で苦しむ人が世界で数千万人にのぼることになれば、世界の労働人口に重大な影響を及ぼしかねません」と語ります。

新型コロナで亡くなった人の脳を調べたところ、脳内にウイルスが存在していないにも関わらず、炎症が起きていることがわかりました。新型コロナウイルスが、肺の細胞などで大量に増殖すると、免疫細胞はこれを攻撃するための物質をたくさん放出し、それが血液にのって脳にも運ばれ、脳の細胞で炎症を引き起こしたと、スタンフォード大学の研究チームは考えています。アンドリュー・ヤン研究員は、「脳は異物が入らないよう保護された臓器だと考えていましたが、新型コロナは脳まで傷つけるのです」と語ります。

イギリスで、患者の重症度と認知能力の低下の調査が行われ、人工呼吸器が必要なほどの重症患者では、認知能力が大幅に低下していましたが、軽症だった人にも明らかな認知能力の低下が認められました。インペリアル・カレッジ・ロンドンのアダム・ハンプシャー 准教授は、「全く予想外だったのは、自宅で療養していた程度の人にも、測定可能な認知能力の低下がみられたことです。しかも、どれくらい続くのか、まだわかっていません」と語ります。

危機感を持って感染拡大を抑えていかないといけない理由の一つが、後遺症です。20代から30代の若者もリスクが高いと指摘されています。アメリカの研究では、新型コロナの軽症患者でも、実におよそ33%の方が何らかの後遺症を抱えていたという報告もあります。

都立駒込病院感染症科の今村顕史部長は、「33%というのは、感染症の後遺症としては予想以上に多い数字だと思っています。息苦しさなどは重症であった人ほど残りやすくなりますが、倦怠感、味覚障害、嗅覚障害、脱毛などは、ごく軽症であった若い人にも起こります。それが治るのか、いつまで続くのかもわからない中で、不安障害や睡眠障害などの精神症状が出ることもあります。後遺症はまだわからないことも多く、そのほとんどは直接の治療もないので警戒が必要です。重症化リスクが低いといわれている若い人も危機感を持ってほしいと思います」と話します。

新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、「若い人は高齢者に比べ重症化する確率は低いですが、若い人でも感染すると複数の後遺症、しかも、かなり厳しい後遺症に長く悩まされるということがわかっています。若い人には、これから長い人生が待っていますので、後遺症に悩まないように気をつけていただければいいなというのが、私の心からの願いです」と語ります。

最もワクチンが普及した国の一つイギリスでは、2020年12月から接種を開始し、国民の多くにワクチンが行き渡っています。イギリス政府は、屋内でのマスク着用や、人との距離の確保、在宅勤務の推奨など、ほぼすべての規制を撤廃しました。今後は、個人の責任で感染防止に努め経済活動を再開させながら、コロナとの共生を進めていくとしています。

ワクチンの普及が進むイスラエルでは、イギリスと同様に感染が再拡大していますが、重症化する人は一部に留まっています。世界に先駆け、3回目のワクチン接種を大規模に実施し、重症化するリスクの高い高齢者の免疫を高めようとしています。世界各地でワクチンが不足するなか、WHOは3回目の接種を急がないよう呼びかけています。

「私は10月中旬ぐらいになって、希望者のほとんどがワクチンが打てるようになり、今いちばん大切な時期を何とかみんなで乗り越えれば、もう少し先には光が見えるということだと思いますので、今みんなで頑張りましょうということだと思います」と尾身会長は語りました。