22.12.26日本経済新聞にブレインフォグ

12月26日付の日本経済新聞に、「コロナ後遺症の『脳の霧』 シナプスの破壊が一因か」と題する記事が掲載されました。これは、ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年12月7日公開されたものです。

スウェーデンのカロリンスカ研究所の科学者たちが、脳オルガノイド(実験室で培養した小型の脳組織)に新型コロナウイルスを感染させたところ、神経細胞(ニューロン)間の結合部である「シナプス」の破壊が促進されることが分かり、2022年10月5日付けの学術誌「Molecular Psychiatry」に発表されました。

カロリンスカ研究所に所属する精神科医で細胞生物学者のカール・セルグレン氏の研究チームは、新型コロナウイルスが脳に及ぼす影響と、新型コロナ後遺症患者のブレインフォグのような神経症状を説明できるかどうかを調べるため、脳オルガノイドを用いた結果、ニューロン同士をつなぐシナプスが過剰に刈り込まれることが、ブレインフォグを引き起こしている可能性があるとの結論が出ました。「新型コロナから回復してしばらく経過しても様々な神経症状がみられる理由の一つかもしれません」と、カロリンスカ研究所の博士研究員で、この研究を主導したサムディアタ氏は言います。

「この研究は、私たちの研究や他のいくつかの研究と合致します」と、英ケンブリッジにあるMRC分子生物学研究所の神経生物学者マデリン・ランカスター氏は言います。同じく脳オルガノイドを用いた氏の研究では、新型コロナウイルスは脳の血液脳関門を傷つけることが明らかになっており、この障壁が破られると、病原体や異常な免疫細胞、炎症性物質が、脳脊髄液や脳に入り込む可能性があります。

「シナプスは基本的に、神経細胞同士が会話し、脳のある部分から別の部分へ情報が伝達される仕組みを担っています」とランカスター氏は説明します。コミュニケーションが頻繁に行われる神経細胞にはシナプスが多く、コミュニケーションが少ない、あるいは全くない神経細胞はシナプスが少ない。「ミクログリア」と呼ばれる免疫細胞によってシナプスが刈り込まれるためで、ミクログリアは脳内を移動して死んだ細胞を食べたり、不要なシナプスを除去したりすることで、脳内の清掃作業を行っています。

シナプスの刈り込みは、健康な脳では生涯にわたって継続され、新たな記憶を形成したり、不要になった記憶を消去したりするために必要です。また、脳が損傷から回復する際にも、シナプスを強化して失われた能力を再学習したり、機能しなくなったシナプスを除去したりするのに必要不可欠です。オリベイラ氏らは、新型コロナウイルスがシナプス結合を直接刈り込むのではなく、ミクログリアを活性化していることを、脳オルガノイドを使って突き止めました。

この研究は、新型コロナ感染後のミクログリアの活動の量的な変化と、それがシナプスへ及ぼす影響を明確に示している点で重要だと米ノースウェスタン大学ファインバーグ医学部の神経学者アユシュ・バトラ氏は評価します。

新型コロナウイルス感染後の脳オルガノイドで起こるようなシナプスの過剰な除去がヒトの脳でも起これば、必要不可欠な結合が破壊されてしまうかもしれず、新型コロナに感染した人が長期にわたって神経症状に苦しむ理由は、この現象によって説明できる可能性があります。

「シナプスが過剰に除去されると、新たな記憶を形成したり、既存の記憶を思い出したりする能力に影響がでると予想されます。また、ブレインフォグでみられる脳機能の低下の説明になる可能性があります」とランカスター氏は言います。

このことは2022年7月5日付けで学術誌「Brain」に掲載された米国立衛生研究所(NIH)による研究の結果と一致しています。この研究は、新型コロナウイルスが直接脳に侵入していなくても、ウイルスに反応して作られた抗体が脳の血管の表面の細胞を攻撃して損傷と炎症を引き起こし、ミクログリアを活性化しうることを発見しました。

2022年3月7日付けで学術誌「ネイチャー」に掲載された英国の研究では、軽度の新型コロナ感染症でも、灰白質の減少を通じて脳が損傷し、10年分の老化に相当する変化が起こりうることが示されています。灰白質は大脳や小脳の表層(皮質)にあり、運動・記憶・感情の制御に必要不可欠な部位です。

サムディアタ氏の研究で示されたシナプスの除去は、灰白質が変化する原因のごく一部である可能性があり、脳の縮小をもたらす他の要因を明らかにするためには、画像と組織片を組み合わせたさらなる研究が必要だと氏は指摘します。今回の研究では、新型コロナウイルス感染後の脳オルガノイドにおいて、ミクログリアの遺伝子の発現パターンが、神経変性障害でみられる遺伝子活性と似ていることも分かりました。

「これらのデータは刺激的で、新型コロナ後遺症の疾患メカニズムにおける炎症性ミクログリアの役割を示唆していますが、これらの知見の正しさを確認し、発展させていくには、さらなる研究が必要です」と、イタリア、ヒューマン・テクノポール研究所の神経ゲノミクス研究センターのグループリーダー、オリバー・ハーシュニッツ氏は指摘します。新型コロナウイルスがどのように脳に悪影響を及ぼすかは明らかではありませんが、実際に損傷を与えることは確実です。