22.3.13セミナーでの佐藤先生の講演の概要

当法人では3月13日に医療関係者向けオンラインセミナーを開催し、国立精神・神経医療研究センター神経研究所免疫研究部室長の佐藤和貴朗先生に、「ME/CFSとLong COVID~神経免疫疾患診療の現場から~」と題してご講演頂きました。講演の概要をご紹介致します。

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私の専門は神経免疫学で、とくに多発性硬化症という代表的な神経免疫疾患の研究を、センター長の山村隆先生とともに進めています。ME/CFSやLong COVIDは脳機能と免疫の異常が認められますので、広い意味で神経免疫学の標的となる疾患と考えられます。

1ME/CFSの概要

ほとんどが後発例ですが、歴史的に集団発生がたくさん報告されています。ロンドンでの集団発生からmyalgic encephalomyelitis:MEという病名が付けられ、米国ネバダ州での集団発生から研究班がchronic fatigue syndrome:CFSという名前をつけ、現在は両者を合わせME/CFSと呼ばれています。

Key Symptom(核となる症状)は、いずれも脳の機能異常を反映していると考えられます。睡眠の問題、認知機能障害、運動や頭を使う作業・仕事の後に非常に悪化するという、中核症状がわかってきました。周辺症状が多くの例で合併し、痛みや様々な刺激に対する過敏症が出る方が非常に多い。よく熱が出るとか、過敏性腸症候群のような症状を訴える方も多いです。そして立っていられないという起立不耐。普通の疲れと違うのが結構大事で、悪いときにはほとんど寝たきりになります。お風呂に入れない方が多く、腕がだるくて髪の毛が洗えず、歯磨きもつらいぐらいの疲労感です。ある程度の期間休息して少し改善した時に無理をしたり、良くなったからと学校・仕事に行ったり家事をしたりすると、その後ガクッと悪化します。また寝たきりに近い状態が数週間とか、極端に長い時間続くという病歴を聞くと、典型的だなと思います。睡眠障害も疲れているのに寝れない、あるいは過眠の方もおられます。現状では病院の検査では異常が出ないため、心療内科や精神科に行き、そこで治療しても良くならない方をよく経験します。国際的によく使われている診断基準は、2003年のカナダのConsensus Criteria、いわゆるカナダ基準です。

精神疾患や心療内科疾患と近い部分や重なるような部分が確かにありますが、ME/CFSの専門家や私も現在、ME/CFSは精神疾患とは独立して起こると考えています。例えばME/CFSの睡眠障害に対して、日に当たる、昼間運動してきちんと睡眠時間を確保する等の一般的な睡眠衛生をしても、全然良くなりません。むしろそれに当てはめることにより、ますます病気をこじらせることがあります。

鬱病とは生物学的に違うことがわかっています。例えば、うつ病の場合はコルチゾールというステロイドホルモンが一般的には増加することが多いですが、この疾患では朝のコルチゾールはほとんどの場合低下しています。うつ病では、運動が治療として勧めらますが、この病気は逆に悪化します。ただ単に誤診されていた例もあるでしょうし、合併している精神疾患は安定していてME/CFSがある方、背景に同じ脳の疾患として発達障害が元々ある方もおられます。元々うつ病がある方もおられ、この病気になった後で二次的にうつ病を発症し、現在は合併している方もおられると思います。

精神科の領域で、ME/CFSに対する認知行動療法のスタディがイギリスで行われました。ランセットに載った論文に有効だと出てしまいましたが、その後、このスタディには問題があることが分かり、推奨から今は外れてます。この方向性は間違っていて、脳とか認知を動かすことによって体をコントロールするという考え方は、この疾患には当てはまらない。なぜなら身体に異常があるからです。ですから、身体の方を主に考え、体が耐えられる範囲内で、それを頭が認識して、今できる活動量に抑える、これをペーシングと呼びますが、これが重要です。

ME/CFS医療の難しさでは、病歴が長かったり、色々な症状が多彩であるために、どこに焦点を絞ったらいいのか難しかったり、今の臓器別の医療では捉えにくいところがあると思います。身体所見も乏しく、検査もなかなか異常が出なませんが、逆に先ほどの診断基準にきれいに当てはまるような患者が目の前に現れた場合は、暫定診断をして、対症療法はいつでも可能ですので、丁寧にやっていくのが良いと思います。

労作後の消耗が、通院によって起こることが結構あります。病院に来るには、外出する負担、検査を待ったり診察を受けたりする精神的な負担、頭を使う等の様々な負担があって、病院に行くのが極めて厳しい方もたくさんおられることは認識しつつ、診療にあたらなければならないと思います。私達は山村隆部長の下にAMEDの研究班を立ち上げ、国際CFS/ME学会が2014年に発行した「臨床医のための手引書」を翻訳し、ホームページ内で公開してます。先ほどの診断基準も載っており、この病気の本質的がよくわかると思いますので、参考にされたらと思います。

2ME/CFSの病態仮説

厚労省により患者さんの実態調査が行われ、感染症や発熱を契機に発症した方が一番多いです。私達の患者さんでも約半分はそういう方でした。脳の中の神経炎症は理化学研究所のPET研究で、海馬、中脳、橋、視床など、脳の中心部に近いところのミクログリアの活性化が示されています。私達の研究でも、拡散尖度画像(微細な構造異常が同定できる方法)よって、右の上縦束という連合野での異常を同定しています。

免疫研究部の研究では、患者さんのリンパ球を用いた解析で、B細胞の増加や、抗体産生細胞の異常、一部の患者さんでははっきりプラスズマブラストが増えている、増えていなくても機能がちょっと異常になっていることを見出しています。それから、多くの自己免疫疾患と共通する変化で、制御性T細胞の減少を見い出しています。他のグループも含めて一つのトピックが、B細胞、自己抗体になるかと思います。様々なグループがB細胞の異常を伝えていますし、治療としては、抗CD20抗体、rituximabによるB細胞除去療法が一定の効果があるということ。それから、抗自律神経容体抗体が患者群で有意に増加しており、そういう患者さんに免疫吸着療法が有効であったという報告もあります。これだけエビデンスが出てきているということです。

B細胞除去療法は、たまたま悪性リンパ腫(ホジキン病)を合併した患者に、リツキシマブを投与したところ、投与後にME/CFSのスコアも非常に軽減したということです。しかし、何週間かするとまた悪くなり、再度リツキシマブを投与するとまた良くなる、そうしたリツキシマブdependentに病態が変化するので、これは何かあると。彼らのフェーズ2試験では、約3分の2の患者で有効だったと結論づけています。しかし、多施設共同治験のフェーズ3試験では残念ながら有効性が認められませんでした。

労作後の消耗には3つあるといいます。例えば本を読む、旅行するには頭をかなり使います。身体的な労作には体を動かす、外出することも含まれます。感情、喧嘩をしたとか、すごい感動するような体験等も含め、それが全てPEM(Post-exertional Malaise)労作後の消耗に結び付くということです。反復心肺負荷運動試験というエルゴメーターで運動すると、高率でこの二つが似ている、実際同じような症状を起こすことを示したのが、このNIHの論文です。様々な研究が、1日目の運動負荷に関しては健常者とあまり変わらないが、翌日に同じことをやると、健常者ではあまりデータが変わらないのに、ME/CFSの方は2日目に非常に成績が悪くなる、あるいは異常な反応が出る。脈拍が飛び抜けて高くなる、負荷に耐えられない等、そういうことが客観的なデータとして示されました。

最近、循環障害がかなり大事だろうとする総説が出ています。脳の活動や、体を動かす筋肉の活動、それに見合った血流酸素供給がなされ、それによりATPが作成されなければいけないのに、それができない、組織の低酸素状態になっているのではないか、色々な症状に対する代償反応も含めた症状ではないかと。例えば、それを補うために頻脈になるかもしれませんし、血管拡張物質というのは、例えばブラジキニンなどは痛みを惹起するような物質でもあります。代償反応判断も含めて、症状に結びついてるのではないかという仮説が提案されています。

3)コロナ後遺症とME/CFS

私と山村部長の2人で、これまでに約60名の患者さんを診ました。女性の方が多く、平均年齢は40歳程度で、当院に来るまでに発症後、平均9ヶ月かかってます。ですから一般的なコロナ後遺症を網羅的に見ているというよりは、他の医療機関で難治性だったり、時間が経っても改善しないような例だったり、自ら希望、あるいは紹介されて受診された患者さんだと思います。

COVID-19が様々な神経系の疾患を引き起こすことは、当初から言われていました。脳炎や脳症、脳血管障害、一部は自己免疫性脱髄雑性疾患、ギラン・バレー症候群、筋炎等です。こういうものがなくても、様々なLong COVIDと言われるような、倦怠感、痛み、ブレインフォグ等を中心とする極めて多彩な症状を呈する方がたくさんおられることが、どんどん報告されるようになりました。幾つも論文がある中で代表的なもので、Nature Medicineに出たノルウェーの報告では、第一波のベルゲン市における8割以上の患者さんを解析しました。8割がたは自宅療養者で比較的軽症の患者ですが、それでも6ヶ月後も60%の方が何らかの後遺症があったと。それは発症時の重症度や合併疾患とかに必ずしも関係なく、若年成人でもかなりの高頻度で症状が認められました。このあたりが重要なメッセージかなと思います。

社会的因子や心理的因子を強調する向きもあります。いわゆるコロナ後遺症患者の中には、実際の変化ではなくて、ストレス等によって心理的にダメージを受けて、起こっている方が多いのではないか、そういう方も確かにおられると思います。逆にそうではない方もおられることを見ないといけない。それから一定の割合で自然寛解する。これも確かだと思います。ME/CFSでも言われている通り、何もしなくても時間とともに良くなる方がいるのも確かです。

ME/CFSと共通点が多く、そっくりな方もいらっしゃいます。検査で異常がない、心理要因では説明できない等。ME/CFSとの最も大きな違いは、発症から間もないというところです。ME/CFSの患者さんが発症してすぐに来られることは、今まであまりありませんでしたが、コロナ後遺症に関しては発症後1年未満で受診されます。

免疫異常があるのではないかと私達は感じていますし、色々な研究もそれを示しています。アメリカのエール大学の免疫学者の岩崎教授が発表した論文では、多様な自己抗体がこのコロナを契機に出現すると。非常に多彩な自己抗体、免疫に関係するサイトカインやケモカイン等に対する抗体ができてしまうと、サイトカインやケモカインの働きがぐちゃぐちゃになります。抗体が邪魔をしたり、阻害したり、その効果を増強したり、色々なことを起こしますが、それをマウスで示しています。それから、神経や色々な臓器に対する自己抗体、タンパクに対する自己抗体もたくさん見出していますから、機能をおかしくさせます。自己抗体だけでもと考えられるわけです。オレキシン受容体抗体も検出され、意識障害と関連していたという話も載っていました。

その中でもME/CFSと共通するものとして、Gタンパク質共役型受容体という、自律神経受容体抗体や血流に関係するような自己抗体がたくさん同定されてます。実際、コロナウイルスのスパイク蛋白は、ACE2をレセプターとして、そこを足がかりに細胞に侵入しますので、このAC2の経路を、非常におかしくさせると思います。それが脳の中でもその機能異常が起こって、様々な脳機能異常に関与しているのではないかという仮説を提示している研究者もいます。

少し前の話になりますが、ネイチャー紙は病態仮説として三つぐらい重要なメカニズムを記載しています。一つはコロナウイルス自体がアストロサイトに感染したことによる機能異常が、神経炎症と関係しているのではという話。二つ目は血管障害。血栓ができて脳血管障害を起こす場合もあれば、そこまで明らかな脳血管障害を起こさなくても、微小血管障害、血流障害を介して症状を起こしている可能性があります。三つ目が自己免疫応答による様々な障害です。

私達の研究について少し紹介します。私達の診ている患者さんの約3割で、抗自律神経受容体抗体の陽性率が結構高いことはわかりました。それから一部の患者で抗体産生細胞プラズマブラストも高いこともわかりました。ですから、免疫異常が起こっていることは、少なくとも私達が診ている患者さんでは、はっきりしていると思います。

コロナ後遺症の治療として色々な治療法が提唱されていますが、患者さんごとに効果のある治療法が違う印象です。ですからそこを念頭に置いて、まだアルゴリズムはできてませんし、対症療法を中心に患者さんと一緒に病態について考えながら試みていく形になるかと思います。ある治療法が有効かどうかを患者さんによく聞いて、治療を変えたり継続したりしています。

ME/CFSの良い点は、検査異常がなく頭のMRI画像も正常ですので、逆に言うと可逆的な変化、治癒する可能性もポテンシャルも非常にある病気だと思います。脳梗塞で脳が壊死してしまったら、それを回復するのは至難の技ですが、MRIは正常で血流が乱れていますから、それを是正するような方法が見つかれば治癒につながること等を話しながら、患者さんに寄り添っています。

臓器別医学からネットワーク医学ということが今言われてますが、それを実践する一番代表的な疾患の一つがME/CFSであり、Long COVIDかなと感じています。

最後のスライドです。精神疾患に関しても現在、鬱病、双極性障害等の分類は、生物学な分類ではない、もう一度分類し直さないといけないという機運があるそうです。すなわち同じ「うつ病」であっても生物学的には色々な病気が混じり合っているということです。そういうことも頭に入れてやっていきたいと思っています。ご清聴ありがとうございました。