21.4.24日経サイエンス6月号にコロナ後遺症

4月24日発売の日経サイエンス6月号に、「COVID-19 危うい後遺症~体内で何が起きているのか」と題して、8ページにわたって特別解説記事が掲載されました。サブタイトルは「ウイルスが体内から消え去った後もしばらく感染の傷跡は残るようだ。後遺症の原因は、傷害された組織や異常な免疫応答にあるのかもしれない」

2020年末から、慶応義塾大学の研究チームが全国規模の後遺症実態調査を実施しています。全国の約30の医療機関で、COVID-19の入院患者1000人の協力を得て退院後の体調変化を追跡する調査です。4月中旬現在で約250人のデータが集まっており、現時点の解析からは、入院時にCOVID-19の症状が1つ以上見られた人のうち、約半数で半年後も症状が残っていることがわかってきました。2021年1月には、中国・武漢の研究チームが同市内の40~60代の感染者を半年間追跡した結果をLancet誌に発表。退院した約1700人のうち、何らかの症状が1つ以上残っていた人は76%でした。

流行が拡大して患者が増えるにつれて、SNS内で後遺症に悩む人々のグループが次々と作られ、情報共有の場としてだけではなく、後遺症の実態を解明するという重要な役割を担ってきました。5月には米国を中心とした17ヶ国の640人を対象に調査を行い、長期の体調不良を感じている人々の半数が、そもそもCOVID-19の検査を受けておらず、後遺症が把握されていない人が多数いる可能性が示されました。

国内にも後遺症に悩む人がいることが可視化されるにつれて、後遺症を診察する外来の設置が様々な医療機関で検討されるようになりました。適切な診療には症状の理解が欠かせません。嗅覚障害や息苦しさについての研究が進んでいます。

後遺症の症状で、訴える患者数が一番多いのが倦怠感です。体の疲労だけではなく、頭がぼんやりして物事を考えられなくなる「プレインフォグ」も頻度が高いです。正式な医学用語ではありませんが、COVID-19の後遺症として報告が相次ぐうちに論文でもこの表現が定着しました。患者主導の研究チームによる後遺症の調査では、3762人の回答者の9割近くが自分の認知機能や記憶力が弱まったと回答しています。

全身性の極度の疲労やブレインフォグは、もともとME/CFSという病気でよく見られる症状です。発熱やのどの痛みといった症状の後に起こることが多く、呼吸器に感染するウイルスがきっかけとなって引き起こされる疾患だと考えられています。国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所特任研究部長の山村隆氏は、同センター病院で2020年秋から2021年3月末までの間にME/CFSが疑われる30人弱の後遺症の患者を診察しました。「急性期の症状がおさまり、職場などに復帰してから体調を崩したケースが相当ある」と話します。

ME/CFSは長らくウイルス感染と病気の直接的な関係がわからず、原因不明の病気とされてきましたが、近年は発症メカニズムの理解が進みつつあります。自分の体のタンパク質を攻撃してしまう「自己抗体」がME/CFSを引き起こす可能性が指摘されるようになってきました。

山村氏らは2020年に、MRIで脳のネットワーク構造を可視化する特殊な画像解析技術を用い、COVID-19以前にME/CFSと診断された患者の協力を得て、脳内で何が起きているかを調べました。その結果、自己抗体が多い人では、脳のネットワーク構造の一部に異常が見られることがわかりました。抗体は本来、体内に侵入した病原体などにくっついて相手の動きを封じ込めるタンパク質です。脳の神経細胞の表面には情報をやり取りするアンテナの役目を果たすタンパク質が存在しており、ME/CFSの患者では一部の抗体がこれを攻撃してしまうようです。

COVID-19の倦怠感などが、従来のME/CFSと全く同じメカニズムで起きているかは現時点ではわかりません。ただ、急性期のCOVID-19患者の一部では自己抗体の血中濃度が高いとする報告もあります。ウイルス感染後に自己抗体が生じる原因としては、免疫系の暴走や、ウイルスの表面にヒトのタンパク質と似た構造を持つ部位が存在する可能性などが考えられています。山村氏は「COVID-19の後遺症は、自己免疫反応によるものがかなりを占めているのではないか」とみます。「急性期のCOVID-19とその後の後遺症は切り分けて考えることが重要だ。」

海外の後遺症の実態調査では、急性期の症状の重さにかかわらず後遺症に悩まされる人が一定数いることが繰り返し指摘されてきました。一口に後遺症と言っても、その背後にある要因は様々です。急性期にダメージを受けた組織が回復するまで症状が長引く場合もあれば、ME/CFSのように感染が引き金となって新たな症状が生じる場合もあります。

長期にわたって体調不良が続くとその影響は健康面以外にも及びます。2003年のSARSでは、カナダで行われた117人の患者の追跡調査で、1年後も仕事に復帰できなかった人が17%いたことがわかっています。慶応大の実態調査でも、感染後の収入への影響や、仕事の効率がどう変化したかといった点について分析を行う予定です。

感染者が大幅に増えた現在、従来の対策に加え、後遺症を持つ人が十分なケアを受けられる体制を整えることの重要性が高まっています。COVID-19の後遺症は様々な要因に由来する症状が同時多発的に発生し、その影響は多岐にわたる可能性があります。重要なのは後遺症を一括りにせず、症状に合わせて必要な治療を行い、患者の置かれた社会的状況に合わせて対処法を議論することです。また、倦怠感をはじめとした「体内で異常が生じていることが外からはわかりにくい」タイプの症状があるという認識が広まることも大切です。