21.4.2NewsweekにCOVID-19の脳への影響

4月2日付のNewsweekに、「意識障害、感情の希薄化、精神疾患…コロナが『脳』にもたらす後遺症の深刻度」と題する記事が掲載されました。サブタイトルは「呼吸器系感染症とばかり思われていたが、脳神経に与える影響が注目され始めた」

テキサス大学保健科学センターの神経学者のガブリエル・デエラウスキンに付いている研修医の30代の女性は、嗅覚と味覚を失った上に、感情も乏しくなっていました。この種の無関心や感情の解離は、脳の奥深くにあって、感情をつかさどる神経細胞の集まりである扁桃体との関係なしには説明がつきません。新型コロナに感染した人が脳機能の障害を示しているという報告は、この1年で増え続けています。

武漢の新型コロナ患者200人以上の調査研究によると、全患者の35%、重症者に限ると45%に神経系合併症が見られました。有力医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに発表されたフランスの研究では、患者の67%に神経系疾患が見られたといいます。このウイルスが脳神経にダメージを与えた結果、数十年後には認知症など神経変性疾患の患者が急増するのではないかと、専門家は懸念しています。

元患者の中には、慢性疲労症候群(CFS)に該当する症状を示す人が増えています。新型コロナの後遺症を持つ人がCFS患者と同じ道をたどるとすれば、感染経験者の10~30%がCFSの慢性的な症状に苦しむ恐れがあると、米国立衛生研究所(NIH)傘下の国立神経疾患脳卒中研究所(NINDS)のアビンドラ・ナス臨床部長は指摘します。

今は、新型コロナは脳を含むさまざまな器官に長期的なダメージを与える可能性があることが分かってきており、メディアも後遺症患者の苦しみや、認知力の低下を積極的に報じ始めました。「(新型コロナが)神経に影響を与えるという認識が広がってきたのは、ごく最近だ。患者の間からは(ブレインフォグなどの)異常を訴える声が上がっていたが、専門家は何の行動も起こさなかった」とナスは言います。

米議会は昨年、新型コロナ研究のために約15億ドルをNIHに拠出し、フランシス・コリンズNIH所長らがこの資金を各プログラムに配分していくことになります。NIHの広報担当者は、ウイルスが脳に与える影響に関する研究も、積極的に支援していく姿勢を示しました。一方で神経学者たちは、新型コロナ感染の早い段階で介入し、ウイルスが脳に与える長期的な影響を最小限に抑える方法を懸命に探っています。後遺症が長期化すると、治療が難しくなり、「それは何としても避けたい」と、ウォルター・コロシェッツNINDS所長は言います。

1918年のスペイン風邪の流行後は、世界で推定100万人が嗜眠性脳炎と呼ばれる神経変性疾患を患いました。エイズウイルスの場合、80年代に抗ウイルス療法が登場するまで、感染者の約25%に認知症が見られました。2003年にSARS、12年にMERSが流行したときも、一部患者の脳にウイルスが入り込んでいたことが解剖で明らかになりました。NINDSのナスは、リベリアのエボラ出血熱感染経験者で今も謎の慢性的な神経症状を患う200人の追跡調査を続けています。

マウント・サイナイ医学大学院のクレア・ブライス准教授(病理学)らは、これまでに63人の患者の脳を調べました。昨年4月、自宅で何度か転倒した後、意識がもうろうとした状態で緊急治療室に運び込まれ、11日目に死亡した74歳のヒスパニック系男性の脳を検査すると、神経細胞の萎縮や変色、酸素欠乏が認められる「死んだ」領域が多数ありました。同じ症状は、その後数カ月間に調べた他の62人の脳の約25%にも見られ、さらに11人の患者で、少なくとも数週間前の細胞死の痕跡が見つかり、一部の脳は腫れ上がり、多くの血管が詰まっていました。

NINDSのナスも、16人の遺体の脳組織に同様の損傷を発見。高倍率の顕微鏡で調べた結果をニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに発表しました。ナスが遺体を調べた患者の多くは、医師の診察を受ける前に突然死しており、ナスは症状が軽かったので病気の自覚がなかったのだろうと結論付けたにもかかわらず、遺体の脳には神経細胞の損傷や炎症、血管の損傷が多数認められました。急性の新型コロナで死亡した患者の脳に見られた損傷は、軽症患者の脳にも同様に存在するのか、その後に発症する未知の後遺症によるものなのかも不明です。

新型コロナによる脳の損傷の原因について、今のところ専門家はウイルス感染と自己免疫反応に最も強い関心を寄せています。最も懸念されるのはウイルスが脳細胞に「定着する」可能性で、この場合、新型コロナが長期的に見て神経変性疾患の原因となる可能性が高まります。一部のウイルスは脳に入り込んだ後、一時的に「休眠状態」になり、いずれ再活性化することも分かっています。

嗅覚の喪失は、嗅球という鼻につながる脳の小さな領域が感染した可能性を示唆し、嗅球は記憶や感情の制御をつかさどる脳の領域付近にあるため、ブレインフォグの症状やパンデミック初期にデエラウスキンの研修医が経験した奇妙な感情の解離は、これで説明できます。

その後、新型コロナは、「転移する」能力があることが分かったと、医学大学院や病院を傘下に持つマウント・サイナイ医療システム(ニューヨーク)のカルロス・コルドンカルド病理学部長は言います。「ウイルスは鼻から入って、肺、腎臓、肝臓に侵入でき、今では脳に到達することも分かっている。そして特定の場所で合流して、臓器にダメージを与えることがある」

エール大学の岩崎明子教授(免疫生物学)らは、幹細胞由来の神経細胞とそれを補助する細胞の小さな「コロニー」を培養し、この「オルガノイド(ミニ臓器)」を新型コロナに接触させたところ、ウイルスはすぐに神経細胞の一部に感染しました。感染した神経細胞は細胞の増殖メカニズムを利用して自己複製を加速させ、この猛烈なウイルスの増殖過程で、感染細胞は周辺領域の酸素を「全て吸い出し」、近くにある神経細胞から不可欠な栄養分を徐々に奪い取ることで、「死のスパイラル」に陥らせます。

オルガノイドのコロニーを新型コロナに接触させると、ウイルスはごく一部の神経細胞に感染しただけでしたが48時間以内にさまざまな細胞間のシナプス結合の50%を破壊しました。これは脳に大きなダメージを与える可能性があります。

遅れて発症する神経症状の一部は、脳の細胞に潜むウイルスによるものとも考えられますが、脳に潜むウイルスが悪さをするという仮説は解剖結果と一致しません。岩崎らが解剖した脳損傷が見られる3体の遺体のうち、脳内へのウイルスの侵入がはっきり確認できたのは1体だけで、NINDSのナスも今のところ、脳のウイルス感染の兆候は発見していません。「私の専門は神経系の感染なので、パンデミックのたびに脳を調べてきた。(新型コロナの死者の脳では)ウイルスを全く検出できないので、非常に驚いている」

ナスはCFSの発症について、感染症にかかると病原体が消えた後も免疫系が活性化したままになり、体が自分自身と静かな戦争を続けることがあるという仮説を支持しています。新型コロナの長期的な症状の一部もそれと同じメカニズムで起きるのではないかと、彼は考えています。

新型コロナの長く続く後遺症を説明するこの2つの仮説、つまり脳のウイルス感染説と自己免疫説はどちらか一方が正しいとは限らず、両方が発症に絡んでいる可能性もあると、岩崎は指摘します。岩崎は「自己抗体」の影響を調べ、新型コロナに感染した194人と、感染していない30人の血液サンプルを解析して比較したところ、感染者では自己抗体が「劇的に増加」し、多くのケースでは免疫細胞を攻撃していました。研究中に亡くなった15人の患者では、1人を除いて全員が自己抗体の大量放出により免疫系の正常な働きが阻害されていました。

新型コロナのスパイク・タンパク質が結合するACE2受容体は血管壁の内側を覆う「内皮細胞」に広く発現しています。脳の毛細血管の壁が破壊されると、脳に有害物質が入るのをブロックする「血液脳関門」が壊れ、さまざまな物質が脳内に流入します。「本来なら入ってこないはずの物質が流入し、脳の機能に支障を来す」とNINDSのコロシェッツは言います。

白血球は通常なら脳に入れませんが、関門が壊れると病原体も白血球もどんどん脳内に流入するようになります。コロシェッツによると、白血球は「戦車」のようなもので、大規模な攻撃を加えるため、ウイルスに感染した細胞だけでなく周辺の細胞も破壊されます。

デエラウスキンらは今年1月、 30カ国余りの最大4万人を対象に新型コロナが脳に及ぼす長期的な影響を調査するという、後遺症の大規模な国際的調査の計画案を発表しました。NIHは新型コロナ関連の研究調査に約15億ドルを助成する方針です。コロシェッツによると、「正常な回復」の要件を突き止め、長期にわたって後遺症が残るケースとの違いを明らかにする大規模な研究計画も助成対象の候補に挙がっています。

新型コロナでは条件が許せば発症初期の段階から調査を開始し、ウイルスが検出されなくなっても長期間続く症状を追跡できます。その成果は、CFSなど原因不明の脳の疾患の謎を解く貴重な手掛かりになると、NINDSのナスは期待しています。「脳の病気は謎だらけ。長期戦を覚悟しないと」とナスは言います。