20.7.8神経学学術誌BrainにCOVID-19の論文

7月8日に、神経学の領域で最も伝統が古く、かつ権威ある英国の学術誌Brainに、「COVID-19の神経学に新しく出現したスペクトラム:臨床的知見・放射線医学的知見・実験室の知見」と題する論文が発表されましたので、一部をご紹介致します。

要約
新型コロナウイルス感染症が、神経疾患や神経精神疾患と関連していることは、予備的臨床データが示している。これに対応するために、COVID-19に関連すると思われる神経障害を持つ患者の神経症状について議論し、理解を深めるために、2020年3月初めにクイーンスクエアの国立病院において、毎週開催されるCOVID-19神経学の横断的オンライン会議が開設された。詳細な臨床的データや臨床関連領域のデータは、RNA・PCR検査によってCOVID-19と確定した症例、又はWHOの診断基準に基づいて可能性の高い症例、可能性のある症例から集められた。43人の患者の内、29人はPCR検査陽性の確定例、8人は可能性の高い、6人は可能性のある症例であった。

5つの主なカテゴリーが浮かび上がってきた:(1)MRIや脳脊髄液の特異的異常がなく、せん妄/精神異常を伴う脳症(10例)、(2)脳炎、急性散在性脳脊髄炎、脊髄炎を含む、炎症性の中枢神経系症候群(12例)、(3)血栓形成促進性状態と関連する虚血性脳卒中(8例)、(4)ギランバレー症候群を含む末梢神経障害(8例)、(5)これらのカテゴリーに当てはまらないその他の中枢神経障害(5例)。

COVID-19は、脳血管系を含む脳脊髄軸全体に影響を及ぼす広いスペクトラムの神経症候群と関連し、一部の症例では免疫療法に応答する。急性散在性脳脊髄炎、特に出血性の変化を伴う場合の発生率の高さが顕著である。この合併症は、COVID-19の呼吸器疾患の重症度とは関係がなかった。COVID-19関連の神経系疾患を早期に認識し、調査して管理することは努力を要する。治療法を導く根本的な病理生物学的メカニズムを決定するためには、さらなる臨床的、神経放射線学的、バイオマーカーの、そして神経病理学的な研究が必須である。このパンデミックの長期的な神経学的、神経心理学的予後を突き止めるためには、縦断的フォローアップ研究が必要であろう。

考察
COVID-19の広範囲に及ぶ影響は、様々な神経障害を含むが、現在までにその本質についての詳細な臨床報告はない。ロンドンと周辺地域における我々の症例研究は、脳症、脳炎を含む傍感染性&感染後中枢神経系症候群、出血と壊死性変化を伴う急性散在性脳脊髄炎、横断性脊髄炎、虚血性脳卒中、そしてギランバレー症候群を含む、広範な神経症候群におよぶ。

新型コロナウイルスの神経系の合併症は、他のコロナウイルスの流行、特に2003年のSARSや2012年のMERSにおける合併症と類似点がある。これらの報告に述べられている症例は、脳症、脳炎、凝固亢進性に起因する虚血性及び出血性脳卒中、敗血症と血管炎、そしてギランバレー症候群を含む。しかし、感染者の総数ははるかに小さく、SARSでは8000人、MERSでは2500人であり、神経症状は現在のパンデミックにおいて述べられているものに比較して少ない。

10人の我々の患者は、せん妄の特徴を伴う一過性脳症を発症し、その内の1人は精神異常を伴っていた。我々の患者は一過性の症候群を発症していたので、回復期における認知機能障害の程度を決定し、精神医学的・心理的要因を調査するためには、詳細な神経心理学検査とフォローアップが必須である。脳症の発症機序は、敗血症、低酸素症、免疫の過刺激(サイトカインストーム)などの複合的及び単独の影響によって生じ、多因子的である可能性がある。

我々の2症例では、自己免疫性脳炎の可能性が高く、1人は典型的な臨床的特徴である眼球クローヌスとミオクローヌスを伴い、もう1人は辺縁系脳炎に見られる典型的な放射線画像を伴っていた。これらの患者は、NMDA受容体、LGI1或いは関連する自己抗体は保有していなかった。新型コロナウイルスが、抗体媒介メカニズムの可能性を伴い、顕著な数の自己免疫性脳炎の症例の引き金となるかどうかという問題は、時がたてば明らかになるであろう。

急性散在性脳脊髄炎に似た疾患の集団発生は、注意深く監視すべきである。急性散在性脳脊髄炎は主に小児の疾患であり、イギリスでは成人の頻度は10万人当たり0.32人である。この論文で述べた9つの症例は5週間の間に発生しており、グレイターロンドン(人口890万)での、5ヶ月間の発生に相当すると考えられ、COVID-19は急性散在性脳脊髄炎の発生増加に関連していることを示す。新型コロナウイルスは、検査した8人の患者の脳脊髄液からはいずれも検出されず、入手した1人の神経病理学的サンプルの脳の細胞からは、新型コロナウイルスの存在は確認されなかったが、急性散在性脳脊髄炎の診断は支持された。さらなる神経病理学的研究、或いは正確な脳脊髄液中のウイルスマーカーや血清学検査が開発されなければ、直接的な中枢神経への感染である症例がある可能性を排除することはできない。一方、脳画像や臨床的特徴は、傍感染性或いは感染後疾患のメカニズムを最大限支持している。我々が同定した症例の自然経過を確定するには、長期的フォローアップが必須である。

ギランバレー症候群の症例は予期されていた。COVID-19の呼吸器疾患とギランバレー症候群発症の時間的関係は、感染後免疫介在メカニズムと矛盾しないであろう。2分の3以下のギランバレー症候群患者は、呼吸器疾患或いは消化器疾患が先行している。最も一般的な病原体は、カンピロバクター、サイトメガロウイルス、マイコプラズマ肺炎、HIV、ジカ熱である。COVID-19患者においてギランバレー症候群の発生が本当に増加しているかどうかは、さらなる疫学的研究や機序解明の研究が必要である。

COVID-19における広汎性の血栓性素因関連の脳卒中は、特に興味深い。内皮細胞への直接感染や多臓器内のびまん性内皮炎症が最近、報告された。我々がCOVID-19において遭遇した脳卒中は重篤で、COVID-19と脳卒中の関連を決定するには、さらなる疫学的研究が必要であり、血小板凝集阻害薬、低分子量ヘパリンや他の脳卒中の治療法の最適使用を決定するには、無作為抽出試験が必要である。

筋肉痛やクレアチンキナーゼの上昇は、新型コロナウイルス感染において比較的よく報告されており、横紋筋融解の症例報告もある。

中枢神経系炎症症候群の12症例において、感染後急性散在性脳脊髄炎や横断性脊髄炎を思わせる症例、分類を困難にする稀な出血性変化を伴う症例を含む、広範囲の臨床的及び放射線学的所見が認められた。2020年のクレマーの研究における、37人の脳画像に異常のある重症COVID-19患者のMRI研究では、中枢神経系の白質の変化において3つのパターンを認めた。これらのパターンが、異なるタイムライン、異なる免疫的メカニズムや他のメカニズム、それともそれらの組み合わせによる違いであって、同じ病理学を表しているのかは不明である。しかし、ステロイドの使用やリハビリテーションなど、症状の管理の決定に、重要な示唆を与える可能性がある。

一部の傷害における組織病理学的相関が浮かび上がってきている。頭蓋減圧を経験した我々の1症例では、脳の組織構造は急性散在性脳脊髄炎と一致した。急性散在性脳脊髄炎と類似した症例のように、ギランバレー症候群の症例においても、主にウイルス感染後の免疫メカニズムを指し示し、感染が記録されて3週間以内にほとんどが神経系疾患を発症した。神経系疾患のリスク要因は不明のままで、さらなる疫学的研究が必要である。

様々な症候群の土台となる可能性のあるメカニズムは、個別或いは組み合わせで、ウイルスによる直接的損傷、IL-6を含むサイトカインに関連した二次的な過剰炎症性疾患、血管障害及び/又は凝固障害、神経抗原の自己抗体産生を含むウイルス感染後炎症、そして、敗血症や低酸素症の神経系予後を伴う重篤な全身性疾患の影響を含む。新型コロナウイルスが脳脊髄液に存在したとの報告がわずかにあるが、支持する病理組織学的特徴はほとんどなく、現在までに直接的なウイルス感染のエビデンスは十分にはつかめていない。さらなる研究は明らかに役立つであろう。

まとめると、これらの症例は、集中治療の環境で、しかも安全な看護と感染症のコントロ―ルが要求される中で入手するのは困難であるMRIやEEGを含む神経生理学によって診断することが、相当大きな挑戦であることを示した。多くの症例において、診断や様々な異常を確実に排除するためには、特に「目覚めるのに時間のかかる」集中治療室の患者において、MRIは重要であることが証明された。さらに、ウイルス血症で、しばしばリンパ球減少患者において、高用量コルチコステロイドの使用を含む最適な治療の選択肢に関してや、急性散在性脳脊髄炎やギランバレー症候群に用いる免疫グロブリン療法を、Dダイマーのレベルの上昇のような血栓形成促進性の危険因子を持つ患者に使用するリスクの可能性に関して、論争が残っている。

 さらなる詳細に及ぶ臨床的研究、実験室の研究、バイオマーカーの研究、神経病理学的研究が、COVID-19における神経系の合併症の根本的な病理生物学的メカニズムの解明に役立つ。患者の縦断的なフォローアップ研究が、このパンデミックの長期的予後を評価するのに必要である。