20.6.19「専門医が教える手引き」への評価

「専門医が教える筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群診療の手引き」(監著:倉恒弘彦氏、松本美富士氏)に対する評価
NPO法人筋痛性脳脊髄炎の会

2019年10月に「専門医が教える筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)診療の手引き」が出版されました。そこには、約30年ぶりに改訂されたWHO(世界保健機関)の国際疾病分類第11版においても、ME/CFSが神経系疾患(ICD-11 8E49)と分類されていることや、2015年にIOM(米国医学研究所)が、「過去30数年間に世界中で報告されてきたCFSやMEに関する9,000を超える論文をレビューし、・・・病態の中核は神経免疫異常であり、それが中枢神経に炎症を起こすことによって様々な自律神経症状、中枢神経症状、内分泌異常などをきたすと推定している」(P35)と述べ、「ME/CFSは重篤な全身疾患であることを理解して診断・治療に取り組むよう」(はじめに)提言したことが書かれています。これこそ「専門医が教える診療の手引き」の基本とすべき内容だと思います。

以上のように、本手引きには最新情報が書かれているにも関わらず、著者ら全員がME/CFSを深刻な神経免疫系疾患として捉えているとは到底思えず、他の箇所ではME/CFSに関する誤った情報が随所に書かれており、日本において更にこの病気に関する誤解と偏見が広がり、ME/CFS患者に害が及ぼされることを当法人では強く懸念します。

本手引きの著者らの多くが、2017年に「日本におけるME/CFS治療ガイドライン」案を発表した研究班の班員です。2017年の治療ガイドライン案に対して国際ME/CFS学会を含む国内外の医療関係者や患者団体から強い批判が寄せられ、計画されていたガイドラインの出版は中止されました。それにも関わらず、「日本のME/CFS患者に危害が及ぶ可能性が懸念される」とするガイドラインに対する国際ME/CFS学会の見解(2018年7月)が発表された1年3ヶ月後に本手引きが出版され、しかも出版が中止されたガイドライン案で問題点として指摘されたことがそのまま残っていることは、非常に大きな問題だと考えます。まず、下記に国際学会の見解の概要を記します。

① ME/CFSは生理学的異常を伴う深刻で複雑な身体疾患で、心因性疾患ではない。
② ME/CFSは世界保健機関において神経系疾患と分類されている。
③ 段階的運動療法に反対するエビデンスが存在し、米国のCDCも推奨する治療法から段階的運動療法を削除する作業を進めている(その後、CDCのHPから削除された)
④ ガイドライン案は、認知行動療法やヨガのような行動療法アプローチや、抗うつ薬のような薬物治療で構成され、ME/CFSはそのような介入によって治癒又は回復できる精神的な疾患又は心因性疾患であるという間違った情報が強化されることが懸念されるため、a) ME/CFSは精神的な疾患でも心因性の疾患でもないこと、b)こうした治療法は補助的にすぎず、最初に行う治療法でも、根治的又は疾患を緩和させる治療法でもないこと(例えば、がん患者を認知行動療法やヨガだけで治療することはない)、c)このような治療法は全てのME/CFS患者に必須ではないことを明らかにすることを提案する。

以上の国際ME/CFS学会の見解を踏まえ、本手引きの主な問題点と理由を下記にリストアップします。

1 ME/CFS患者と「原因不明の強度の慢性疲労」の患者が一緒に扱われている

本手引きの「はじめに」に、「CFSとは‥‥原因不明の強度の慢性疲労を特徴とする病態の解明に向けて‥‥作成された調査基準の名称である」と書かれており、本手引きでは、ME/CFSを「原因不明の強度の疲労の病気」と捉えていますので、本手引きの著者らがME/CFSと診断した方たちには、神経免疫系疾患である本疾患以外の患者が高い割合で含まれていることが容易に想像できます。

その一方で、「今後は様々な病態が混在しているME/CFSから、免疫異常が特定できるいくつかの病態が明らかにされ、それに対しては特異的な治療が可能となってくるであろう」(P46)とも書かれています。16人の著者が、ME/CFSの定義に関して統一した見解を持って出版に当たったかどうか強く疑われます。強度の疲労は精神疾患を含む様々な原因によって引き起こされますので、それらをすべてME/CFSとして扱ってきたことで、今まで病態解明や診断基準作成、治療薬開発の研究が遅れてきたのではないでしょうか。

2  治療法に関して一貫性がないため、実際の手引きとしての信頼性が問われる

本手引きにおいて、ME/CFSの定義に一貫性がないために、特に重要な治療法の有効性についても一貫性がなく、これまでME/CFS患者の診療の経験のない医師が、本手引きをもとに適切な治療が何であるかを判断できるとは到底思えません。例えば、2017年の「治療ガイドライン案」で批判された「段階的運動療法」に関して、8章(P72~74)や9章(P83では有効性のある治療法として紹介されながら、16章「治療に関するシステマティックレビュー」(P165~166 )では、「段階的運動療法は有害事象や有効性について再評価が必要であるとの見解・指摘がある」、「CDCのホームページの推奨治療法から削除されており、ME/CFSの治療法としての検討には注意が必要である」と書かれています。段階的運動療法の例は一例にすぎず、本手引きにはこのような相反する情報が多く記載されています。本疾患の専門医によって書かれたとする本手引きに、相反する情報が提供されていることは大きな問題です。

3 「認知行動療法」「段階的運動療法」やヨガを治療法として推奨している

国際ME/CFS学会の見解にあるように、ME/CFSはヨガによって治癒又は回復できるような精神的な疾患ではありません。しかし、71ページには、治療の過程で患者が理想と現実のギャップの間で試行錯誤する時に認知行動療法が有効と記し、ME/CFS患者にはいくつかの認知・行動的特徴が確認されるとして、3つのタイプの認知行動療法の介入技法を紹介しています。8章と9章には重症でない場合には段階的運動療法は有効と書かれています。142ページにはヨガによって回復した例として、入院治療開始時はPS8(重症)だった方が、退院時にはPS4(軽症)まで回復しヨガの導入によって看護師として勤務できるようになった例が掲載されています。ヨガの導入で、神経免疫疾患患者が仕事復帰できるでしょうか。

4  ME/CFSは精神的な疾患でも心因性の疾患でもないことが明らかにされていない

8章には「ME/CFSは身体的要因のほか、心理的要因や社会的要因が複雑に関連し合って発症し、慢性化している病態と考えられている」(P70)と書かれています。9章には、患者のパーソナリティーと本疾患の因果関係を提案し、「準備因子としての心理社会的要因は‥‥欲求や情動を意識的・無意識的に抑えた状態(抑圧)、適切な言葉で感情を表現できない‥‥、完璧主義、‥‥過労・過剰適応などがある。・・・そのほかに‥‥トラウマが重要である。トラウマの種類として身体的虐待、心理的虐待、ネグレクトがある」(P78)、「これらの治療の標的となる心理社会的要因に応じた治療を行うことで、ME/CFS患者の症状を改善させたり、寛解させたりすることが可能となる」(P80)と書かれています 。

ME/CFSは身体疾患であるとするIOMや国際ME/CFS学会の見解を、どう受け止めているのでしょうか。現在ME/CFSは器質的疾患であることが世界的コンセンサスになっており、国際的潮流から外れ、未だにME/CFSを心因的な疾患と関連させることは容認できません。また、ME/CFSは、認知行動療法、段階的運動療法、ヨガ等で回復する病気という間違った情報が医療関係者の間で広まれば、患者に必要な障害者手帳や障害年金、福祉サービス等が受けられなくなる可能性を大いに懸念します。

5  平成26年度の実態調査の結果が書かれていない

本手引きの著者の一人である遊道和雄氏を班長とする研究班「平成26年度慢性疲労症候群患者の日常生活困難度調査事業」(厚生労働省のHPにも掲載)の結果が書かれていません。その時の実態調査によれば、約3割の患者が寝たきりに近く、7割近い患者が居宅介護を必要とすると推定され、仕事を継続できたのは2%であったという深刻な実態が明らかになりました。国際ME/CFS学会は、患者の約25%は寝たきりに近く、外出することも殆どできないと発表しています。

15ページに書かれた本手引きの実態調査の結果として、「重症と考えられる患者は全体の11.2%、精神疾患の併発患者51.8%、感染後の発症患者は22.3%であり、就労率は約30%であった」と書かれています。こちらの実態調査の対象は、どのような診断基準で診断された患者が対象だったのでしょうか。「精神疾患の併発患者51.8%」とのことですが、ME/CFS発症に伴い本来の暮らしが失われたことにより二次的に反応性うつを発症する方もいますが、国際ME/CFS学会の見解にもあるように、うつ病はME/CFSの症状ではありません。

結論

当法人は、日本のME/CFS患者を救済するための活動に取り組んできました。そして、2018年には「神経系疾患である筋痛性脳脊髄炎の研究促進を求める国会請願」が、2019年には「筋痛性脳脊髄炎の根治薬と難病指定の研究促進を求める国会請願」が衆参両議院で採択されています。

本手引きの著者らがこの病気を強度の慢性疲労病態と捉え、様々な理由で疲労が続く方と、神経免疫疾患であるME/CFS患者を一緒にして研究してきたために、日本では誤解と混乱が生じています。日本ではこの疾患の認知度は非常に低く、専門医が書いたとされる「診察の手引き」において、漢方薬や抗うつ剤、運動療法やヨガのような介入で治るような疾患という間違った情報が広かることで、今よりさらに誤解と偏見が広がることは間違いありません。それによって害をこうむるのは患者達です。

本手引きの定義する病態とME/CFSの根本の病態が違う可能性が高く、まず神経免疫異常を特定できる患者と、そうでない患者を区別することが必要ではないでしょうか。その上で別々に研究を促進させることによって、病因・病態の解明、診断基準作成、治療法の開発の研究が促進され、すべての患者が救済されるようになることを切に願います。

※国際ME/CFS学会発行の「ME/CFS 臨床医のための手引書」が、AMED「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群に対する診療・研究ネットワークの構築」研究班(研究代表者:国立精神・神経医療研究センター 山村隆先生)によって翻訳され、研究班のHPに掲載されています。