19.3.7篠原理事長がラジオに生出演しました

3月7日(木)に、FMひがしくるめの「鈴木実穂のonlyわん」という55分間のラジオ番組に、当法人の篠原理事長が生出演しましたのでご紹介致します。ラジオの放送エリアは東京都東久留米市ですが、スマホやパソコンであれば世界中のどこでもお聞き頂けました。キャスターの鈴木実穂さんは、映画「この手に希望を~ME/CFSの真実~」を見て下さいました。

ME/CFSの症状やWHOで神経系疾患と分類されていること、厚労省の実態調査で非常に深刻な実態が明らかになったこと、発症した時の様子などからお話しさせて頂きました。

アメリカ留学中の1990年夏に、ME/CFSを発症しました。2年間休学し、3年目に何とか卒業はしましたが、その時にものすごく無理をしたために、今のような状態になってしまったと思っています。カナダに移住して2年後の1995年に、恐らく何かの感染だと思われる高熱、下痢、嘔吐が一ヶ月以上続き、その後体力が回復せずに、外出には車いすが必要になり、日本に1996年に帰国しました。帰国後は診断さえ否定され、15年近く診断がおりませんでした。

これは非常に複雑な病気で、客観的診断基準が世界的にまだ確立していないために、指定難病になっていません。身体障害者手帳は、診断名とはリンクしておらず、障害があって、ある程度固定していると認められれば手帳は取得できます。私も身体障害者手帳を持っています。医療の補助を受けるためには指定難病になる必要がありますが、東京都では身体障害1級と2級であれば、医療の補助が受けられます。難病は6000~7000とかあると言われていますが、現在は331疾患しか認められていません。

帰国後、座っていることができなくなり、この車いす(ストレッチャーとチルト機能がついていて180度横に倒すことができる)が必要と認められるのに、2年間、東京都と闘いました。その頃、日本に重症患者がいるという情報が皆無で、主にイギリス保健省のHPの重症患者に関する情報などを集め、自分で翻訳してそれを交渉に持って行きました。すべて海外の最新情報を翻訳しないと、今まで患者会の活動はできませんでした。

1988年からアメリカではアンプリジェンという免疫を調整する薬が治験に入っていましたし、アメリカやカナダに住んでいた時には、脳に異常があって免疫がおかしい病気であることが常識であったにも関わらず、日本に帰国したら疲労の病気ということになっていました。疲労の病気であれば車いすが必要であるはずはなく、重症患者であればあるほど診断されないという状況でした。多くの国で集団発生していており、集団発生するということだけ取っても、免疫が関与していることが分かると思うのですが。

車いすを取得するために色々な情報を調べている時に、患者が厚労省に申し入れをしたという記事が見つかりました。コンタクトを取り、東京で4人の患者さんに会いましたら、皆が同じように困っており、患者会があったらと話しました。その時にたまたま「アイ・リメンバー・ミー」という映画を知って取り寄せ、行政の人や知り合った患者さんの家族に見せたら、深刻な病気だとわかってもらえるのではないかと思って翻訳しました。

試写会を清瀬で開きましたら、90名も集まって下さり、すごくびっくりしました。それまでお医者さんや行政の方から、人格を破壊するようなひどい言葉をずっと投げられてきたため、車いすの障害者という形で病名はなるべく隠していましたから。来て下さった方が、「こんなに深刻な病気にかかっていたのですか」「初めてどういう病気だかわかりました」と言ってくれました。

色々な方に、少しリハビリしたら良くなるのではと言われましたが、特に重症や中等度の方が運動すれば悪化することは、今でははっきりわかっています。非常に体力が弱っていて休まなければいけない人に対して、運動しろというのと同じです。体力が落ちてきてあるポイントを越えたら、見事に悪化しますし、回復に本当に病的に気が遠くなるほど時間がかかります。悪化してしまうと、3日たっても、1週間たってもほとんど回復が感じられず、薄皮をはぐようにと言いますが、本当にゆっくりしか回復しないので、患者さんは絶望感や孤独感に襲われます。休んでいる間、人ともほとんど接することもなく、じっととにかく休養に努めなければならないので、孤独感がつのり、すごくつらい病気です。

辛かったことはたくさんありますが、私の場合は発症した時に母親であったので、してあげたいことがたくさんあったけれどもできなかったことが、一番つらかったです。

この病気は神経系疾患ですので、患者会を発足させたときから神経内科の先生に研究して頂きたく、神経内科の先生に次から次へと研究して下さいとお願いしました。4年近く前に日本神経学会学術大会に患者会ブースを出展したのがきっかけとなり、国立精神・神経医療研究センターの山村先生という本当に素晴らしい先生が研究を開始して下さいました。私達にとって本当に夢のようなことです。山村先生の研究所では、スタンフォード大学でできる研究はすべてできるそうで、素晴らしいことです。

和温療法を始めたころは本当に具合が悪く、鉛筆もスプーンも持てず、手が氷のように冷たい状態でした。それが手だけではなく、思考力も大分回復しましたし、睡眠障害も少し改善し、胃腸の症状も回復しました。深部体温を一度上げることによって、免疫も向上するし血流もよくなり、長く続けていくことで少しずつですが確実に回復するような治療法です。最近では他の神経難病にも効果があることが分かってきています。

患者会では秋の臨時国会に提出する、「筋痛性脳脊髄炎の根治薬と難病指定の研究促進を求める請願」の署名を集めています。指定難病になれば日本のどこでも診療が受けられるようになり、神経難病という認知が広がりますので、研究費を付けて頂きたいです。アメリカではアンプリジェンという薬が1988年から治験に入っており、ノルウェーでは大分効果があるリツキシマブという薬の治験が進んでいますので、日本でも一日も早く治験を開始して頂きたいです。山村先生のような素晴らしい先生が研究して下さっていますので、国が予算を付けて下されば、明日にでも治験が開始できるはずです。患者さんは良くなりたい、社会復帰して仕事をしたい、学校に行って勉強したいと思っていますので、是非皆さんにたくさん署名を集めて頂きたいと思います。

リスナーの方から、「怠けているとか、頑張れとか、そうした精神論的な言葉に理解を集約していこうとする傾向の恐ろしさ、そしてそれに抗する孤独感、心に刺さります。だからこそこうした発信がとても大切ですね。お話を聞いて人権ということも考えました。科学的な研究、そして人として尊重される権利、その両輪が必要ですね」というメッセージを頂きました。