18.1.1Brain and Nerveにコマロフ先生の論文掲載

18.1.1brain and nerveに記事掲載

医学書院発行の医学雑誌「Brain and Nerve」2018年1月号に、「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群における神経学的異常」と題して、ハーバード大学医学部教授でありME/CFSの世界的権威であるアンソニー・コマロフ先生の論文が、特別寄稿として英語の原文と日本語訳(高橋良輔先生山村隆先生監訳、澤村正典先生訳)が14ページにわたって掲載されました。

ME/CFSについての近年の研究結果は生物学的異常、特に中枢神経系や自律神経系に関連した異常が存在することを示唆しています。全米アカデミーズの医学研究所(IOM)はME/CFSに関する過去に出版された9000編以上の論文についてレビューし、「ME/CFSは、しばしば患者の生命を脅かし得るような、重篤で慢性的かつ複雑な全身疾患である」としました。米国国立衛生研究所(NIH)は、「疾病のリスクと治療標的を同定するためには、革新的な生物医学的研究が早急に必要である」という結論を下しました。この総説では、将来重要となる可能性を持つ知見について十分なエビデンスがあるものを中心に概説し、特に過去20年間に報告された新しい研究手法・技術を使用した報告に焦点を合わせます。

1.中枢神経系の異常
ME/CFSでは中枢感作のエビデンスが示されています。ME/CFS患者の疲労感は、併存するいかなるうつ症状でも説明ができません。労作後の極度の消耗感は、ME/CFSの非常に重要な症状であり、持続的な中等度の運動タスクを行うと、ME/CFS患者では健常対照者と比べ、筋疲労や痛みを伝達する代謝物の受容体遺伝子の高い発現がより高頻度にみられました。有酸素運動ストレス試験ではME/CFS患者は座位時の健常対照者と比較して嫌気的代謝閾値、心拍数、VO2、VO2 peakや最大運動能が大きく減少しており、嫌気的代謝への依存度が相対的に増加していることが示されました。

ME/CFS患者の脳脊髄液では健常対照者と比較して細胞増加や蛋白質濃度上昇を認める傾向があり、健常対照者や全般性不安障害の患者と比較して乳酸高値を認めるという報告があります。液体クロマトグラフィー、質量分析、ペプチドシークエンスを使用したプロテオミクス解析では、中枢神経系での組織損傷と修復を示唆する蛋白質群の増加を示しました。

多くのMRI研究では白質での異常が指摘されており、T2強調画像での斑状高信号領域の増加や、白質の広範な減少を認め、白質は経時的に減少し、症状スコアとの相関を認めました。機能的MRIでME/CFS患者と健常対照者を比較すると、認知機能、運動、視覚や聴覚刺激で明らかな反応の違いがみられました。SPECTでは神経細胞、グリア細胞における血流低下や代謝障害を反映した異常を認めます。PETでは複数の脳領域でセロトニントランスポーターの減少を認め、特に海馬で最も著しかったです。活性化ミクログリアやアストロサイトで発現する輸送蛋白質のリガンドを用いた小規模研究において、ME/CFS患者で帯状回皮質、海馬、偏桃体、視床、中脳や橋の広範囲にわたる免疫活性化がみられることが示されています。

脳波検査のスペクトル解析はME/CFS患者を健常対照者や大うつ病患者と区別ができるパターンを示しました。またEGG研究では、様々なタスクにおける反応時間の遅延を示しています。複数の研究者により脳幹血管運動中枢、中脳網様体、視床下部や前頭前野での結合性障害が報告されています。

多くの研究ではME/CFS患者での視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)の抑制が報告されており、これは大うつ病でみられるHPA系の亢進とは明らかに異なったパターンです。プロトンMRスペクトロスコピーにより、神経細胞密度や神経機能のマーカーとみなされているN-アセチルアスパラギン酸が海馬において減少していることが確認されました。またMRスペクトロスコピーを用いた複数の研究は、ME/CFS患者におけるコリン含有物質の増加を示しています。典型的には精神疾患はME/CFS発症後に出現し、ME/CFSの発症前における精神疾患罹患率は一般人口と同程度以下でした。

2.自律神経障害
多くの研究において、交感神経活動の障害、圧反射機能障害(体位性頻脈症候群、神経調節性低血圧、ティルト試験での心拍変動)、静脈貯留増加を伴った赤血球量減少、血漿容量減少や脳血流低下の強いエビデンスを確認しています。

3.全身性のエネルギー代謝異常
ミトコンドリアの機能障害に関しては多くのエビデンスがあり、最近のメタボロミクス研究では単糖、脂肪酸、アミノ酸からのエネルギー産生経路に異常がみつかっています。実際、一つのメタボロミクス解析では数百の代謝産物のほとんどが、まるで冬眠状態のように顕著に低下していました。

4.酸化・ニトロス化ストレスの体系的研究
酸化ストレスの増加が血液や筋肉で様々なマーカーにより示されており、抗酸化物質の減少、症状の重症度との相関のある過酸化物や超酸化物の上昇、αトコフェロールの減少、安静時や運動後のイソプロスタンの上昇、症状の重症度と関連のある酸化還元状態の障害を認めます。

5.免疫系の研究
様々な種類の免疫異常の表現型や免疫機能異常がME/CFS患者で報告されています。ME/CFSに特異的で再現性のある異常としては、①様々な自己免疫抗体(特に中枢神経系の抗原に対するもの)、②細胞表面に活性化抗原マーカーを発現するCD8陽性細胞障害性T細胞の増加、③ナチュラルキラー細胞の機能障害(ウイルスの急性感染や再活性化を抑制する機能が障害され、自己免疫応答を促進する可能性がある)、④Ⅱ型サイトカイン産生細胞の増加、⑤様々な炎症性サイトカイン産生の増加です。

ME/CFSはしばしば感染症のような症状から突然始まり、ME/CFSにおける感染性因子の関与を示唆します。加えて、過去一世紀の医学文献では、特定可能で記載の十分な急性ウイルス・細菌感染症に続発、あるいは原因不明の感染症様病態に続発した「感染後疲労症候群」について多くの報告があります。感染症とME/CFSをつなぐ他のものとして、細菌叢、特に腸内細菌叢があります。ME/CFS患者では共生腸内細菌に由来する抗原に対するIgA抗体やグラム陰性菌のリポ多糖の上昇がみられ、IgA、LPSと症状の重症度には強い相関関係がみられます。

6.病態生理に関する推測
ME/CFSはすべての場合で脳を含む最終共通経路があると考えられます。つまり、きっかけとなる出来事が脳に直接関与しても、脳外から開始しても、それが最終的に脳で共通する経路を惹起します。下記の仮説が想定されます。
・ME/CFSの症状は脳での低グレードの免疫系賦活や脳内の免疫細胞により放出されるサイトカインにより生じます
・ある症例では、脳での免疫系賦活は病原体や自己免疫応答機序などの脳内の誘因により生じる可能性があります
・別の症例では脳での免疫系賦活は脳外での自然免疫系賦活により生じる可能性があります
・脳外での自然免疫系賦活が脳内免疫系を活性化する機序としては2つあり得、一つは液性経路で、もう一つは神経経路です
・血液中の炎症関連分子または自然免疫活性化の引き金を引く物質により、血液脳関門の透過性が亢進します
・脳外での自然免疫系賦活が炎症性サイトカイン、グルタミンなどの興奮性アミノ酸、NO、活性化酸素やプロスタグランジンなどの神経興奮性分子を生じ、(これらの分子に対するケモレセプターを持っている)グリア細胞や感覚迷走神経の傍神経節のケモレセプターが活性化されることで逆行性に迷走神経から孤束核へとシグナルが伝達され、脳での自然免疫が惹起されます

7.おわりに
ME/CFSは近年の研究により、多くの客観的な生物学的異常が示されてきています。9000編を越える文献で中枢神経系や自律神経系、免疫系、エネルギー代謝、酸化・ニトロソ化ストレスに関する異常がみつかっています。ME/CFSに罹患することで多くの経済的損失を招いており、IOMの試算によると社会に対する直接・間接的な経済コストは、米国で年間170~240億ドルにも上り、さらなる研究が早急に必要とされています。