16.8.1「みんなのねがい」の「当事者連載」②

みんなのねがい9月号表紙篠原 三恵子
全国障害者問題研究所発行「みんなのねがい」8月号の「当事者連載」というコーナーに、「広がり始めた共感の輪」と題して記事を掲載して頂きました。4回の連載の予定で、今回は2回目です。

患者の実態を描く米国のドキュメンタリー映画「アイ・リメンバー・ミー」には、寝たきりで自分の部屋から何か月も出たことがなく、胃瘻になった高校生や、症状が悪化し、「死にたくはないけれど、これ以上生きていくことはできない」という遺書を残して自死された患者さんのご家族が登場します。初めて見た時、これを見てもらえれば病気の深刻さを理解してもらえると思いました。ただ、翻訳した当初は、市役所や東京都の方に見てもらうことくらいしか考えていませんでした。思いがけず試写会を開くことになりましたが、90名余りも出席してくださり、終了後には患者たちの苦悩に共感する声が多く聞かれました。

初めての試写会から5か月後には、支援者の方々に支えられて「慢性疲労症候群をともに考える会」を発足しました。その2ヶ月後には参議院議員会館で上映会を開催し、それが朝日新聞に取り上げられ、初めて参議院厚生労働委員会でこの病気の質疑が行われ、その年の暮れには厚生労働副大臣に面談し、NHKテレビでも取り上げられました。メディアの方々には、慢性疲労症候群に重症患者がいるとは聞いたことがなかったと、必ず言われました。

何年も病名を隠して生きてきましたし、症状が重くてほとんど外出することもなかった生活が激変しました。上映会や陳情等に行く度に、翌日から何週間も家から全く出られなくなるほど体力が落ちました。この病気の中核症状は、日常生活における最小限の活動や簡単な知的作業などによってさえ、著しく急激に症状が悪化して身体が衰弱し、回復が非常に困難なことですから、当然予想されたことです。

そんな中、2010年9月に和温療法と出会いました。1990年に発症してから一番効果のあった治療法で、この時に出会っていなければ、症状が重症化し過ぎて患者会を途中でやめざるを得なかったかもしれません。今までより回復に時間がかからなくなり、睡眠障害や思考力・集中力の低下が改善されました。

その後しばらく精力的に取り組んだのが、海外の診断基準等の翻訳でした。2011年9月には「カナダの診断基準」「コマロフ・ハーバード大学教授の講演のまとめ」の小冊子を発行し、2012年1月には「筋痛性脳脊髄炎(ME)の国際的合意に基づく診断基準」の小冊子、10月には「患者の手引き」「イギリスME協会の小冊子」を発行しました。

こうして海外の最新情報を翻訳・配布していく中で、少しずつ医療関係者の理解が得られるようになっていき、2012年6月にNPO法人「筋痛性脳脊髄炎の会」の発足となりました。

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