キム・スナイダー監督へのインタビュー

5月の連休にNPT/核兵器不拡散条約再検討会議への要請行動に参加するため、ニューヨークを訪問した有原誠治さん(日本語版DVDの作成者)は、5日午後に「アイ リメンバー ミー」を監督したキム・スナイダーさんをウォール街で待ち合わせて、完成したDVDと会の篠原三恵子代表の礼状を届け、インタビューを申し込みました。キム監督は、大変に快くインタビューに応じてくださり、最近のCFS事情について語ってくださいました。インタビューの通訳はニューヨーク在住の鈴木むつ子さんが、撮影は有原さんと同行した橋口晴彦さんが協力してくださいました。

1)「アイリメンバーミー」の観客へのメッセージをお願いします。

Kim: 私は人生において突然、病気になりました。16年前です。もう、16年になります。
病気になったばっかりの頃、最初はとても具合が悪く、何年も寝たきりでした。そして、こんなことが世界中のどこで起きたとしても、きっと多くの人がそう感じるように、私はとても強い怒りを感じました。

私にとって、この病気の深刻さを人々に理解してもらうことは、本当に大切なことでした。医学会から、時には友人たちや家族からさえ信じてもらえないことは、とてもつらいことでした。ですから、映画を作ろうとする上で重要だったのは、患者としてこの病気を生き抜くということはどんな風であるかを記録すること。それと同時に、手に入る多くの情報を集めたかったのです(もちろん、この映画は10年前のものですが)。 医学会がこの病気にどう対処してきたか、ということについて多くの情報を集めたかったし、この病気に対する共感や理解を喚起したいと思いました。

アメリカには、この病気にかかっているとても多くの人がいます。私が病気になって以来この16年の間に、少しはよく認知されるようになってきましたし、人々が少しはよくわかってくれるようにもなりましたが、社会のほとんどの人は、まだこの病気について非常に無知です。ですから、日本の人々がこの映画を見ることができるということは、私にとってとても意義のあることです。

ここアメリカにも、あなたのように共感して共に耐えてくれる人がいるということ、信じ続け、忍耐し続けることができるのは、友人や家族、医師たちのサポートによるということを、伝えたいと思います。私がそのいくつかを見つけることができたのはラッキーでしたし、友人や家族の一員、医療提供者としての立場で、この映画を見ることのできるどの人にも、この病気をとても深刻に受けとめるように勧めます。命がかかっている人々がいるのですから。

そして、映画を見て下さってありがとうございます。

2)映画に登場する少年のスティーブは今どうしているのか、キム・スナイダーはお元気なのかと、いつもたずねられます。スティーブについてご存じでしたら教えてください、そしてご自身の現在についても。

Kim:スティーブについて知っていることは少し古いので、間違っていることをお話ししたくありません。 彼の家族とは1年以上も連絡を取っていませんから。

私は16年たって、今はかなり活動することができます。少し働けるようになるまで、多分6年くらいはかかりましたが、それからは映画を作っています。その映画を作るのには5年かかり、アメリカで2000年に公開され、その後もずっと映画を作っています。

完全に回復したとはいえず、まだいくつかの問題をかかえていますが、大分良くなりましたから、恵まれていると感じています。確かに長い間かかりましたが。映画に出てくる他の人々の中で連絡を取り合ってきた人たちの中には、症状が軽くなった人もいますし、そうでない人もいます。

他に興味深いことと言えば、このニュースが日本でも入手できるのかどうかわかりませんが、2009年の秋に、この病気にウィルスが関連しているらしいことが示されたという、とても興味深い研究が発表されました。これは、クリーブランド・クリニックという高く信頼されている医療機関において、非常に真剣に取り上げられました。そこで今、発見されたと考えられているこのウィルスがどういうものであるのかを調査し、この研究を再現できるかどうかを調べる作業が続けられています。

私にとってこのことは、この病気について突然もたらされた無限の可能性を秘めた情報であり、治療薬とまではいかなくとも、ことによると何らかの治療方法を見つける一歩につながるかもしれません。

ですから、私が生きている間に、この病気に対する理解と認知が進み、この病気で苦しむ人たちがもっと助けを得られるようになるばかりでなく、ひょっとしたらもっと良い治療法や治療薬が開発されるかもしれません。 診断がそれに向けた一歩となります。

これが、私が提供できる最新情報です。

3)2006年に始まったCDCの認知キャンペーンによって、感じられる変化はありますか?

Kim:患者たちがどう扱われるかということに、社会において非常に影響を与えるものが少なくとも二つあります。一つは政府と医学会(CDCのような機関や、病気を研究して報告を提出するところ)です。

  もう一つはメディアです。メディアは非常に大きな影響力を持っています。この病気は本当に深刻で、もっと配慮を必要とする病気であると、メディアは以前より上手に報告するよ うになったと思います。私が病気になってからこの16年の間に、それを見てきました。政府はと言えば、まだ大分改善の余地があると思いますが、16年前よりは確かに認めるようになりました。そして、これはただの精神的な病気であると言われていた時もありましたが、その議論は今は終ったことです。まだそう思い続けている多くの人や医師がいるのは知っていますが、それはひと昔前の話です。それは過去のことで、人々がかかっているこの病気は実際、器質性疾患であり、とても深刻な病気だあることを示す、十分な証拠があると考えています。

4)日本ではストレスや過労が深刻になるとCFSになると考える人々がいますが、どの様に考えますか?

Kim:私が病気だったころ、多分これはただの働きすぎだとか、ストレスのせいだと考えていた人たちがいました。 私が病気になった瞬間のことをお話しできます。私は33才の女性で、テニスを楽しみ、とても活動的だったのに、この病気に襲われたのです。これはストレスだけから来る病気ではないことに、私の頭の中で何の疑いの余地もありませんでした。

ストレスは癌などの多くの深刻な病気の一因になりえると、私は個人的に信じています。ですから、そのことと違わないと思います。人生においてストレスが多ければ、病気にかかりやすくなりますが、CFSがストレスに関連した病気であると考えることは、間違いだと思います。

多分、ウィルスが関連しているのでしょうし、ある人たちをあらかじめ病気に陥りやすくする何かが存在するのだと信じています。また、何かが中枢神経系を冒しているとも思っています。

5)アメリカでは、1995年ごろに50万人いると云われていたCFSの患者が、2006年には100万人の重症患者がいると発表されました。この急激な増加をどのように思いますか?

Kim: アメリカでこの病気に実際にかかっている人たちが何人いるかということに関しては、多くの議論をあります。問題は、今この病気はもっとはやっているのか、患者数が増えたのか、または、多くの人が診断されるようなったのか、いつもこの数の患者がいたのか、ということです。私は疫学者ではありませんので、この質問の答えはわかりません。

これはまた、血液中に指標となる物質がなく、血液検査で診断できないので、誰が実際病気にかかっていて、誰はそうでないかを示すことが難しい、という問題でもあります。

私の意見では、病気を理解していない多くの医者が、大勢の人をいっしょくたにしてしまっているからです。インフルエンザにかかってすごく具合が悪くなり、それ以来ずっとおかしい、という話しを繰り返し聞きますが、私のようにこのように病気のことを描写する人々がいます。

その一方で、他のことが起きているのに、いっしょくたにされている人々がいると思います。うつ病を含めたいくつか別のものにかかっているかもしれないのに、「すっかり疲れ切って、疲労感がひどいです」と医者に言いに行くと、「慢性疲労症候群にかかっているにちがいない」と言われることがあるのです。

この病気につけられた名前ゆえの問題の一つはこれです。 多くの病気は疲労の症状が伴うのですから。癌にかかったとしても疲労しますし、多発性硬化症にかかっても疲労します。病名がこれですので、多くの人にただ疲れているだけだという見解を与えてしまいます。そうではないことは、この病気にかかっている人は誰でも知っていますし、これは疲労の問題ではないのです。ですから、患者数が増えたのかどうか、増加傾向にある病気なのか、それとも認知が広がって、診断される人々が増えたのか、診断名をつけられてしまう人が増えたのかどうか、私にはわかりません。

ひとたび指標となる物質が見つかれば、これらの質問に対する答えに、もっと明確な情報が与えられることでしょう。

6)日本の患者たちに、励ましの言葉をいただけたら感謝します。

Kim:家族や友人たちのことはもう話しました、患者さんたちを励ます家族や友人たちのことです。

私が切り抜けられたのは、長期的に気持ちを集中させるもの、私を前へ進み続けさせるものを持っていたことでした。私は映画を作ることに情熱を持っていますので、少しずつやろうとしました。私に情熱や目的を与えてくれることを行うために、砂時計を使ったリ、10分だけ時間を区切ったりさえしました。多くのものを目標とすることができると思います。

この病気が私に教えてくれたことの一つは、忍耐する刀を強化することです。途方もなく大きな忍耐が要求されます。希望を持ち続けるためには、それが何であろうとも、何らかの目的意識を自ら持って、それを表現することが、前に進み続ける方法です。

 (翻訳:篠原三恵子 インタビュー:有原誠治 2010年5月5日ウォール街にて)

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